村上 正晃(Masaaki Murakami)
1993年、広島県尾道市瀬戸田町生まれ。二児の父。
趣味は読書、カメラ、サッカー観戦(サンフレッチェ広島)。
メッセージ
メッセージ
この度は86GUIDE Hiroshimaのウェブサイトをご覧いただき、ありがとうございます。
代表の村上正晃です。
私は10年以上前、大学4年生のときに広島平和記念公園でガイド活動を始めました。
最初からガイドを目指していたわけではありません。英語を勉強するために平和公園へ通い始めたことがきっかけです。
はじめは観光客の方と折り鶴を折るなど、交流そのものを楽しんでいました。しかし次第に、被爆者やガイドの方々の話を聞く機会が増え、自分自身の考えが大きく変わっていきました。
私は広島県出身で、毎年8月6日8時15分に黙祷を捧げてきました。どこかで「自分は原爆のことを知っている」と思っていました。
ですが、被爆者やガイドの方々の話を聞く中で、自分が知らないことばかりだと気づかされました。
その経験をきっかけに原爆について本格的に学び始め、少しずつ自分自身もガイドに取り組むようになりました。
ガイドを続ける中で、多くの学びと出会いがあり、「もっと伝えたい」という思いが強くなっていきました。
被爆者やガイドの高齢化が進む中、若い世代が受け継ぎ、伝えていくことも必要なのではないかと考えるようになりました。
知ったことを知らなかったことにはできない。
忘れてしまうことは、そこで起きた出来事をなかったことにしてしまうことだと感じたからです。
大学卒業後は、夜はアルバイトをしながら昼はボランティアガイドとして活動し、国内外あわせて3万人以上をご案内してきました。
しかし、夜にアルバイト、昼にボランティアガイドという形では活動を長く続けていく難しさがありました。
そのため、一度一般企業へ就職しました。
その後、うつを経験し、自分が本当にやりたいこと、人生で大切にしたいことと向き合う時間になりました。
そして改めて、広島で伝え続けていきたいという思いが強くなりました。
責任を持って長く活動を続けるため、ガイドを仕事として成立させる道を選びました。
病気を経験したからこそ、命の大切さや「今を生きること」の重みを、以前より深く考えるようになりました。
だからこそ、ただ知識を伝えるだけではなく、歩き、立ち止まり、対話し、考える時間を届けたいと思っています。
86GUIDE Hiroshimaでは、広島平和記念公園をただ巡るだけではなく、広島で起きた出来事を通して、自分自身やこれからの未来について考える時間を大切にしています。
広島平和記念公園で、皆さまとお会いできることを心より楽しみにしています。
ぜひ一緒に、広島平和記念公園を歩きましょう。
ガイドとしての歩み
- 2014年:大学4年生の春に「英語を勉強したい」と思い、平和記念公園に通い始める。当初は観光客と折り鶴を折る活動を行っていたが、その合間にガイドや被爆者の話を聞き、自分の無知を痛感。そこから少しずつ学び始める。学んでいくうちに「ここで起きた事を伝えたい」と強く思い、ボランティアガイドとして本格的に取り組み始める。
- 2015年〜2018年:ガイドを続けるため、大学卒業後は就職せず夜にアルバイトをしながら、昼間はボランティアガイドとして活動。
▷当時の活動については こちら - 2018年:ガイド活動を休止し一般企業に就職。
- 2024年:仕事の傍らガイド活動を再開。
- 2025年:療養のためガイド活動再休止。
▷詳しくはこちら:「うつだけど夢がある」
再開時期:未定(決まり次第お知らせします)